| 画像付カタログ (PDF) どれが本物の聖書なのか? 《 霊的成長シリーズ 》 |
《目 次 》
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序言 ケネス・E・ヘーゲン ケネス・ヘーゲン・ジュニア パッツィー・ハリソン |
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第一章 忠実さは報いを刈り取る |
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第二章 神の忠実さと愛を証明する証し |
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第三章 家庭で示すべき敬虔な手本 |
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第四章 妻たちに贈ることば …あなたの夫の召しをサポートする方法 |
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第五章 私の信仰の遍歴 |
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オレッサ・ヘーゲン 昔、私がケネス・E・ヘーゲンと結婚した時、神が私たちの人生とミニストリーでこのようなことをなさるとは、私には想像もできませんでした。主が私たちを通して何をなさりたいかを私たちが当時すべて知っていたら、私たちはそれを受け入れることはできなかったはずです。それは、あまりにも大きすぎることだからです。けれども、私たちは神に従い、一歩一歩神に付いて行きました。すると、私たちの人生のための神のご計画が展開し始めたのです。 神の完全なみこころを行うためには、払わねばならない犠牲があります。ケネスと私はいっしょに生活を始めた時から、その犠牲がどんなに大きくても、神のみこころを行って、その犠牲を払っていくことを神に約束しました。 今、私たちの人生を振り返ってみると、私たちがミニストリーの中でともに直面した数々のつらい時期や闘いが思い返されます。 しかし、私はそういう時期を悲しい思いで思い出しているのではなく、大きな喜びをもって思い出しているのです。主に対して、神のみこころに対して「はい」と言って、神とともに歩むことは、とてもすばらしいことです。 どんなにつらいと思われることのある人生であっても、私たちのほうから神に与えっぱなしということがあり得ないことを、ケネスと私は学びました。報われる日がいつも訪れたのです。そして、振り返ってみると、その犠牲は神の恵みほど大きくはなかったことを、私たちは今、喜びと感謝をもって言うことができるのです。 |
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ケネス・E・ヘーゲン 私のミニストリーでの成功は、オレッサと私が結婚前にある決断をした時から始まりました。私たちはどんな犠牲を払ってでも、私たちの人生のための神のみこころに従っていくことを決断したのです。すべては、主に対する私たちの強い献身からスタートしたのです。 しかし、それは、長年にわたる、私たち夫婦の互いに対する強い献身の思いによって維持されてきたのだと私は信じています。 私がオレッサにプロポーズしたのは、半世紀以上前のことです。私の結婚の申し出を彼女が承諾した時、彼女はその召しに対しても承諾したのです。 そして、この半世紀以上の間、オレッサは忠実で支えとなってくれる妻であり、私たちの人生の上にある神の召しに忠実に従ってきました。神に対するオレッサの献身、私に対する彼女の献身が、私のミニストリーの大黒柱の一つとなっているのです。 オレッサは私と私のミニストリーに対して献身していたゆえに、いつでも私の判断に信頼してくれました。彼女は私に信頼を置き、神に対しても大いに信頼していたゆえに、いつでも私の確信を高めてくれました。私がミニストリーの中で神が私をある方向に導いておられると感じた時、いつでも彼女は私を励まし、サポートしてくれました。 私が下した判断がどれも正しいものばかりであったというわけではありません。なぜなら、そうではないこともあったからです。しかし、私がミスをした時でも、オレッサは私をサポートしてくれました。こうして主は私たちのミニストリーが成長して繁栄するようにしてくださったのです。 私たちにとって、道のりは必ずしも容易なものではありませんでした。私たちは、「イエス・キリストの立派な兵士として、つらいことを忍」(第二テモテ2・3)ばなければならない時期もありました。まさにそういう時期に、私は神の知恵がわかってきたのです。すなわち、オレッサと私が何年も前に、神に対し、また互いに対して献身したことの重みがわかってきたのです。 オレッサと私は、結婚生活においても、また、私たちのミニストリーの働きにおいても、いつも一つのチームのようにいっしょに働いてきたゆえに、つらい時であっても、私たちの人生の上にある神の召しを追い求めることに固くとどまったのです。こうして神の恵みにより、私たちはこれまでの間、その召しを成就させ、神が私たちに行うべくお与えになった働きを成就させようという決意をもって、堅実に歩んできたのです。 もちろん、主が家を建てるのでなければ、建てる者の労苦はむなしいことを私たちは知っています(詩篇127・1)。まさに神だけが、ミニストリーを祝福して、それをしかるべき姿にして成功させることのできるお方です。ただし、妻は、人生で召しを受けている夫を作ることもできれば、壊すこともできます。オレッサは、召しを受けている私を愛情深くサポートしてくれました。彼女の協力とサポートがなかったら、神が私にお与えになったことを私は行うことができなかったはずです。 自分の夫の召しをサポートするという自分の立場を認識し、良い時も悪い時も夫といっしょに神に忠実に仕える妻こそ、祝福された者であり、幸せ者です。そういう女性こそ、聖書が徳の高い女性と呼んでいる者です。彼女は、自分たち夫婦の人生のための神のご計画に従順であったことで、夫とともに報いを刈り取るようになります。 私にとってオレッサは、その「徳の高い女性」です。私のミニストリーは、彼女のミニストリーでもあり、私の人生における成功は、彼女の成功でもあるのです。 聖書は、誉れを受けるにふさわしい人に誉れを与えることについて述べています。そのように、私も、私の愛する妻オレッサに対し、愛と感謝をもって、誉れと敬意を表します。 彼女が私の人生においていつも祝福となってきたことで、彼女が豊かな報いを受けますように。そして箴言31・31が言っている通り、「町囲みの中で彼女のわざがほめたたえ」られますように。 → ケネス・E・ヘーゲンのミニストリー |
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